仕事を終え高鳴る胸の鼓動を抑えながら急ぎ足で下北沢に向かった。他のなんの為でもない、エンジェリック・アップスターツの初来日公演を体験する為だけに。会場へ向かう電車の中で思い出していた、十代の頃に初めて彼等の音と言葉に触れた日の事を。Oi!と総称された80年代初頭のムーヴメントに深く傾倒していた自分にとって、このバンドもまた自分にとっては特別なバンドだった。当時インターネットも普及しておらず、CDの再発も無いような中途半端なミッド・ナインティーズ。日本盤として発売されていたセカンド・LP「朝日のない町」を必死で手に入れて(とりあえず歌詞が付いていた、とりあえず)歌いまくった。そしてファースト・LP「横っ面を一撃」を次に手に入れて歌詞が付いていなくてガッカリしたのを昨日の事の様に覚えている。話がそれたけど、そんな事を思い出しながら会場へ向かったんです。会場に着いた頃にはオープニング・アクトのコブラの演奏は終わっていて、誰もがアップスターツの登場を心待ちにしていた。否応なしに揚がっていくヴォルテージ、高まっていく期待と募りきった思いが興奮に変わってゆく。ひとまず落ち着くために俺は会場外の喫煙コーナーでタバコを吸っていたんだ、何の気なく。するとねダカダカダカダカ・・・・と、スネアの連打が聴こえて来た訳で・・・・・「これ2000000voicesだ!」一発で判った。会場の中へ雪崩れ込むとそこには彼等が居た。メンバーは変わってしまっているけど間違いなくメンシだ!今のエンジェリック・アップスターツだ!リズム・ギターのディッキー・ハモンド(レザーフエイス)とリード・ギターのニール・ニュートンの息の合ったギターが絡み、元気と歯切れの良いジョニー・ホーリング(クラッシュト・アウト)のドラムとギャズ・ストーカー(レッド・アラート/昔レッド・ロンドン)のベースがリズムを高揚させていく。メンシが叫び、喚き散らし、そして歌い上げる。個人的にメンシがあんなにタトゥーを体に施している事に驚いた。驚いたといえばオーディエンスの数。本場イギリスを代表するストリート・パンク、Oi!の代名詞的な伝説のバンド、エンジェリック・アップスターツ待望の初来日とくればソールド・アウト必至で会場入り口からは長蛇の列・・・・そんな光景を想像をしていただけに集客の悪さに正直ビックリした。満員でエラ盛り上がり!とは書けませんからね、これも真実のライヴ・レヴュー。個人的な現在のシーンの状況見解は後に記述するとして話を戻す。昔のメンシのインタヴューを読んで「これ、本気で言ってるのかな?」みたいな感想を度々抱いていたのだが(評論家が俺を酷評するのは俺のルックスに対する嫉妬からくるものだ。喋りをモハメド・アリの様だと言われると「俺はパンク界のモハメド・アリだ」等)今回の来日ライヴを体験して合点がいったのはメンシはインタヴュー等で読んだままの印象だということ。面白く、そして真面目な人だったって事。メンシのライヴ曲間の喋りは彼も気を使ってゆっくり丁寧に話してくれたので聞き取り易くユーモア抜群で楽しかった。「もう俺達もいい歳だ。疲れて体はプルプルするし、大きい声出すと頭の中で星がチカチカしやがる・・・スーパーマンになりたいよ。っていうかスーパーマンになる!ってことで今日ここに来てくれた人達全員、俺がスーパーマンの最新作に出演したら映画館に招待するから!映画館で会おう」「俺の地元で音楽家と聞いて誰を思い浮かべますか?って聞いてまわってみてくれ、誰もが口を揃えて言うはずだ。ベートーヴェン、チャイコフスキー・・・・・・メンシ」。熱のこもった演奏と絶妙なメンシの喋りで会場の雰囲気はどんどんよくなっていった。「2000000voices」で火蓋を切ったライヴは新旧の曲を織り交ぜてはいたが、選曲はやはり「Teenage warning」('79)、「We gotta get out of ThisPlace」('80)、「2000000voices」('81)ファーストからサードまでのアルバムからが大半を占めていた。即ち見出しでも触れた通り、名曲のオン・パレードという事になる。昨年リリースされたクラッシュト・アウトとのスプリット・アルバ「The dirty dozen」から2曲「Red flag」「King of rats」をプレイ、「Sons of spartacus」('02)から2曲「Safe heaven」「Anti-nazi」も演ってくれた。往年の名曲達と並んでも色褪せる事のない素晴らしい曲群だ。けどやっぱり欲しがってしまうのはあの頃の曲達、それは会場に居る誰もがそうだった筈だ。「You’er nicked」「Last night another soldier」とサード・アルバムからの曲で前半は派手に彩られた。中盤の「Woman in disguise」「Leave me alone」「teenagewarning」、アレンジされた名曲達も何の違和感も無く、むしろ勢いが増して(ジョニー・ホーリングの派手なドラミングも手伝い)個人的にはとても印象深かった。「彼等に希望を、力を、生活を、夜の闇を照らすロウソクの様に」と歌う大好きな「Solidarity」は心に染みた、「Kids on the street」「I’m an upstart」はやはりライヴで本領が発揮される曲だと再確認、「England」は一気に会場の雰囲気を変えた、勿論良い方に。個人的に一番心鷲掴みにされたのが「The murder of liddletowers」。これには度肝抜かれた。アレンジ、アドリブも最高!正直、こんなに素晴らしい曲の素晴らしさに今まで気付かなかった自分を責めるぐらい感動した。けど悲しいかな最後のクラッシュのカヴァー「白い暴動」が一番盛り上がった。本編最後というのも相俟ってエライ盛り上がった。そしてアンコールのシャム69の「If the kids are united」が二番目に盛り上がった。正直に言わせてもらうが俺は悲しかった。誰でも何でも良いわけじゃないんだ、俺はエンジェリック・アップスターツを見に来ているんだよ。だったらもう一回「2000000voices」か「Never saydie」とか演ってほしかった。今回のエンジェリック・アップスターツ初来日公演を振り返って思う事、このシーン、ストリート・パンクや Oi!は低迷している、確実に。ライブハウスに来たのはオッサン、オバサンばっかり。若い奴なんて本当に数える程も居ない。今回のチケット代が高いとは全然思わない。しかしもう少しシーンに密着した形で興行を打てたら結果はまた違っていたのかもしれない。パンクって伝統芸能的な一面もあるが、本質はそうでないと思っている。それと同時に所謂ロックが最高の音楽形態でパンクが最強のトライブだと信じているからこそ、警鐘を鳴らしているのだ。A way oflifeになっていない、本当の意味で土着していない。いつの間にか肩代わりされたJ・ヒップホップやJ・レゲエからレベル・ミュージックの王座を奪還するんだ。これが今回のエンジェリック・アップスターツの初来日に対するライヴ・レヴューだ。机の上だけで妄想しているパンク論じゃない、モニターと睨めっこしているだけの奴の意見じゃない。そこに身を置き続けている男の意見だ。だからこそ解る事もあるんだ。「楽しかったね」じゃあないだろう。悔しくないのか?俺は悔しいね。だからこそまた俺達で創っていくんだ。それでもまだパンクの名は地に落ちていないのだから。